もしも百景 〔第214回〕

たたら場の炎を大きくしたのは、新田の広がりだった

起点: 新田開発と農業の発展(1660年) ・ 結末: たたら製鉄業の発達(1720年) ・ 消滅 3
たたら場の炎を大きくしたのは、新田の広がりだった の挿絵(マカミ)

たたら製鉄業の発達。中国山地の砂鉄と炭を用い、幾晩も炉を焚き続けて鉄を得る、近世日本の基幹産業である。その炉の炎を大きくした最初の一手は、鉄山師の商才でも山陰の地質でもない。遠く離れた田畑の広がりだった。

新田開発と農業の発展(1660年)である。

わずか二手の、しかし地味な因果だ。近世の泰平のもと、各地で新田開発が進み、耕地と収穫量が大きく増える。すると従来の道具では耕作も脱穀も追いつかなくなり、深く土を起こす備中鍬や、稲を一気にしごく千歯扱きといった新しい農具が考案された(1690年)。これらの鉄製農具は村々で使い減っては買い替えられ、鉄の消費量が恒常的に増していく。その絶えざる需要に応えて、たたら製鉄業の経営は規模を広げた(1720年)。田が増えたから鍬が要り、鍬が擦り減るから炉が焚かれる。豊かになった田畑が、山奥の製鉄場の火を絶やさなかったのだ。

データで確かめよう。因果絵巻から「新田開発と農業の発展」を抜くと、消える出来事は3件。備中鍬と千歯扱きも、たたら製鉄業の発達も、間引きと堕胎の広がりも道連れになる。揺らぐ出来事は621件に及ぶ。実りの増大は新しい道具と鉄の産業を呼ぶ一方で、養いきれぬ口をめぐる暗い影も落としていた。

もし新田開発が進まなければ——新農具の考案も、それが支えた鉄の需要も、たたら場の拡大も、別の形をとっていたかもしれない。田を広げるという豊かさへの一歩が、60年の時を越えて、中国山地の炉を赤々と燃え立たせた。畑の繁栄は、思わぬ遠さで山の産業を動かしている。

▶ 再現: https://inga.jkrs.jp/inga-emaki.html#if=shinden