もしも百景 〔第213回〕

江戸湾に台場を築かせたのは、イギリスの無血革命だった

起点: イギリス名誉革命(1688年) ・ 結末: 江戸湾の海防強化(1810年) ・ 消滅 22
江戸湾に台場を築かせたのは、イギリスの無血革命だった の挿絵(マカミ)

江戸湾の海防強化。幕府が沿岸に台場を築き、大名に警備を命じて、将軍の膝下を守ろうとした一連の措置である。その号令を発した最初の一手は、幕府の危機感でも異国船の影でもない。122年前、イギリスで起きた一度の無血革命だった。

イギリス名誉革命(1688年)である。

五手の連鎖を将棋倒しに見よう。専制を強める国王を議会が追放し、王権を議会の下に置いた名誉革命。その「代表なくして課税なし」の思想が、本国の課税に反発する北米植民地を鼓舞してアメリカ独立戦争を招く(1775年)。植民地が立憲的権利を掲げて独立した先例がフランスの改革派を燃え立たせ、支援で膨れた財政赤字がフランス革命の引き金を引く(1789年)。革命を潰そうとする周辺国との戦いの中で台頭したナポレオンが、防衛戦を征服戦に転じナポレオン戦争が始まる(1799年)。その戦火でオランダ本国が占領され、混乱に乗じた英艦が長崎に侵入するフェートン号事件が起きた(1808年)。この顛末が幕府に具体的な脅威像を与え、江戸湾の海防強化へ踏み切らせた(1810年)。

データで確かめよう。因果絵巻から「イギリス名誉革命」を抜くと、消える出来事は22件。アメリカ独立戦争もフランス革命もナポレオン戦争も、フェートン号事件も江戸湾の海防強化も道連れになる。揺らぐ出来事は587件に及ぶ。産業革命も、遠く帝国主義の時代までもが、この一本の糸に足場を借りていた。

もし名誉革命がなかったら——大西洋の両岸を揺らした革命の連鎖も、その余波が長崎に運んだ一隻の軍艦も、江戸湾に築かれた台場も、別の姿をとっていたかもしれない。ロンドンの議会が王を替えた一事が、122年の時と地球半周を越えて、江戸の海に砲台を並べさせた。遠い革命は、めぐりめぐって膝下の海防にまで届く。

▶ 再現: https://inga.jkrs.jp/inga-emaki.html#if=meiyokakumei