怪談『雨月物語』を生んだのは、万葉集の実証研究だった

雨夜に語られる九つの怪異譚、上田秋成の『雨月物語』。江戸怪談の傑作として名高いこの一冊の源流をデータで遡ると、怪しげな幽霊譚とは似ても似つかぬ、地道な学問に行き着く。
契沖にはじまる、国学の萌芽である。
17世紀末、僧契沖は万葉集の言葉を、後世に積み重ねられた注釈に頼らず、原典そのものから読み解こうとした(1690年)。この「古い言葉は古い書物に直接あたって確かめる」という実証の姿勢を、賀茂真淵が県居派の学統として受け継ぎ、体系立った一つの学問——国学へと鍛え上げていく(賀茂真淵の万葉集研究、1746年)。古代の言葉を精緻に読む技術が、そのまま古代の物語世界への関心を押し広げた。
ここから因果はもう一手で着地する。賀茂真淵の万葉集研究→上田秋成と『雨月物語』。 二手、八十六年。真淵が高めた古典への熱が土壌となり、和漢の古典を素材に怪異を編む秋成の筆を用意したとみる説が有力である(1776年)。万葉びとの言葉を掘り起こす学問が、めぐって幽霊と因果の物語を生んだのだ。
データで確かめよう。因果絵巻から「契沖と国学の萌芽」を抜くと、消える出来事は2件。賀茂真淵の万葉集研究も、上田秋成と『雨月物語』も、道連れに消える。揺らぐ出来事は542件に及ぶ。
面白いのは、実証を旨とする冷静な文献学が、非合理な怪異譚の母胎になっていることだ。古典を正確に読もうとする営みが古語や古俗への造詣を深め、その素養があってこそ、秋成は古い物語の型を借りて新たな怪談を織り上げられた。学問の厳密さと、物語の奔放さは、一本の糸でつながっている。
古代の言葉を実直に確かめる作業が、めぐりめぐって夜の怪談を照らし出す。因果の糸は、堅い学問と艶やかな文芸が地続きであるという機微を、静かに告げている。
▶ 再現: https://inga.jkrs.jp/inga-emaki.html#if=keichu