銭の秩序を壊したのは、良質な明銭の流入だった

戦国大名も幕府もこぞって頭を悩ませた撰銭令。銭の受け取りルールをわざわざ法で定めねばならなかったこの混乱の起点をデータで遡ると、意外にも「良い銭が来たこと」に行き着く。
明銭、とりわけ永楽通宝の流入である。
15世紀初頭、良質な明銭が列島に流れ込み、取引の基準銭を塗り替えていった(1410年)。ところが基準が入れ替わる裏では、これを真似た粗悪な私鋳銭も出回りはじめる。良貨と悪貨が同じ「銭」の顔をして混じり合えば、商人は損を嫌って受け取る銭を選り分ける。こうして良い銭ほど囲い込み、悪い銭を突き返す撰銭が広がり、支払いのたびに押し問答が起きて取引そのものが滞った(1450年)。
渡来銭と私鋳銭が入り乱れ、市場が銭の格付けで麻痺する。この現場の混乱こそが、次の一手を呼ぶ。撰銭の横行→撰銭令の発布。 二手、九十年。幕府や大名は、どの銭を何枚で通用させるか混用の比率を公に定め、選別に統一の物差しを与えるほかなくなった(1500年)。無秩序な選り好みを、上から枠にはめ直したのである。
データで確かめよう。因果絵巻から「明銭の流入」を抜くと、消える出来事は2件。撰銭の横行も、撰銭令の発布も、まとめて姿を消す。揺らぐ出来事は801件に及ぶ。
面白いのは、混乱の火種が贋金でも銭不足でもなく、良質な通貨の到来だったことだ。使い勝手のよい明銭が基準になったからこそ、それに似せた偽物が生まれ、本物と偽物を見分ける手間が市場を軋ませた。良貨は、良貨であるがゆえに悪貨を呼ぶ。
秩序をもたらすはずの良い銭が、かえって銭の秩序を壊し、それを繕う法を生んだ。因果の糸は、便利さも善意も、めぐりめぐって思わぬ混乱に化けることを静かに告げている。
▶ 再現: https://inga.jkrs.jp/inga-emaki.html#if=minsen