最長の糸 〔第198回〕

新幹線の最短ルートは、元寇の帝国から19手だった

起点: モンゴル帝国の成立(1206) ・ 結末: 東海道新幹線の技術(1964) ・ 経路 105,865,056 通り
新幹線の最短ルートは、元寇の帝国から19手だった の挿絵(マカミ)

1964年、東海道新幹線が開業する。世界を驚かせた高速鉄道技術は、戦後日本の技術力の象徴だ。だがその源流を因果絵巻で遡ると、糸は1206年、モンゴル帝国の成立へと伸びていく。元寇を仕掛けた、あの帝国である。

帝国と新幹線を結ぶ道は、1億586万5,056通り。そのうち最短の一本は、たった19手だ。

フビライの日本招諭に始まり、元末の反乱を制した明が海禁を敷き、その裏口として勘合貿易が開く。そこで学ばれた李朱医学が曲直瀬道三の医学校を生む。山脇東洋の腑分け、『解体新書』、国学と蘭学、尊王攘夷——おなじみの維新への激流だ。下関戦争、薩長同盟、王政復古、戊辰戦争。版籍奉還から廃藩置県、地租改正、寄生地主制、農地改革へ。自作農化が農家の購買力を高め、高度経済成長を支える需要基盤をつくる。そして東海道の輸送需要が逼迫し、世界銀行の融資も得て、東海道新幹線の建設が東京五輪に合わせて進んだ。医学の糸が、高速鉄道に化けた。

数字で裏を取る。最短19手、最長の迂回路は73手、同じ二点でも最も遠回りに繋げば73の出来事を経由する道がある。両端の年代差は758年。この758年に、1億586万5,056本の因果の糸が張られている。医学を経る道、戦争を経る道、経済を経る道——どれを選んでも、帝国と新幹線は最後には一本に繋がってしまう。

元寇の帝国と、超特急ひかり号。758年隔たった二点が、1億本の糸で結ばれている——と聞けば、こじつけに思えるかもしれない。だが最短19手の一本は、一度も切れずに繋がっている。ただ忘れてはならない。それは1億本のうちの、たった一本だ。歴史は一本道ではない。ある出来事が別の出来事を生むまでに、1億本の道が同時に走っている。新幹線の速度に世界が驚いたその裏では、13世紀の草原から続く糸が、静かに終点で結ばれていた。因果とは、その網の呼び名なのである。

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