半導体にたどり着く道は、律令から1億2千万本あった

半導体。DRAM。日本の電機産業を支えた精密技術の結晶。戦後の高度成長が生んだ、まぎれもない現代の産物——そう思うだろう。ところが因果絵巻でその源流を遡ると、糸は西暦701年、大宝律令の完成にまで伸びていた。
しかも律令から半導体産業(1976)へ至る道は、一本ではない。網の目をすべて数え上げると、1億2,097万800通り。気の遠くなる数の迂回路が、この二点を結んでいる。
そのうち最短の一本を、19手で駆け抜けてみよう。大宝律令が唐に倣って官庁の職掌を定め、医療を司る典薬寮が生まれる。その系譜が丹波康頼に『医心方』を編ませ、やがて曲直瀬道三の医学校、山脇東洋の腑分けへ。腑分けの記録が『解体新書』の翻訳を呼び、実証の精神が国学と蘭学を刺激する。その名分論が尊王攘夷を焚きつけ、下関戦争、薩長同盟、王政復古、戊辰戦争——維新の激流へ。版籍奉還から廃藩置県、地租改正、寄生地主制、そして戦後の農地改革へ。自作農の購買力が高度成長を支え、事務機械化が電卓戦争と集積回路を加速させ、その量産技術がDRAMへ結晶した。医書から半導体まで、糸は一度も切れない。
数字で裏を取ろう。最短は19手、最長の迂回路は実に85手。同じ二点を結ぶのに、最も遠回りすれば85の出来事を経由する道もあるわけだ。両端の年代差は1,275年。その1,275年の中に、1億2,097万800本の因果の糸が張り巡らされている。医書が国学を刺激し、国学が維新を呼び、維新が土地改革を生み、土地改革が高度成長を、そして半導体を——どの結び目も、別の道へと分岐しながら束ねられている。
律令が定めた官庁の一つが、1,275年後の半導体を準備していた——と言えば大げさに聞こえる。だが糸は確かに繋がっている。ただ、それが唯一の道だと思ってはいけない。歴史は一本道ではない。ある起点と終点を結ぶだけで、1億2千万本の網が広がっている。私たちが教科書でたどる「一本の筋」は、その膨大な網から選ばれた、たった一本の糸にすぎない。半導体という現代の結晶もまた、無数の糸が古代から編み上げてきた模様の、いちばん新しい結び目なのである。
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