最長の糸 〔第193回〕

大化の改新から均等法まで、最短の道はたった19手だ

起点: 大化の改新(646) ・ 結末: 男女雇用機会均等法(1985) ・ 経路 607,442,464 通り
大化の改新から均等法まで、最短の道はたった19手だ の挿絵(マカミ)

「公地公民」と聞けば、私たちは646年の大化の改新を思い出す。すべての土地と民を天皇のものに——あの大改革だ。だが公地公民の理念が制度として固まったのは、じつは半世紀後の大宝律令だった。改新は、別の改革として実ったのである。

その大化の改新から、1985年の男女雇用機会均等法まで。1,339年の隔たりを、因果の糸は何本の道で結ぶか。答えは607,442,464本——6億通り超だ。一つの原因が複数の結果を生み、その結果がまた枝分かれする。それを千三百年ぶん重ねれば、道の数は天文学的に膨れ上がる。

最短は19手。抜き出してみよう。改新が掲げた公地公民と官僚制の理念が大宝律令に結実し、律令が官庁の職掌を細かく定めたことで典薬寮という医療官庁が生まれる。そこに医師の養成と医書の収集が制度として積もり、だから丹波康頼が『医心方』を編み、その宮廷医学の土壌の上に曲直瀬道三の医学校が、理論偏重への反発から山脇東洋の腑分けが、蘭書との一致に驚いて『解体新書』が続く——七世紀の土地改革を出た糸は、いったん医学の中を通り抜ける。

そして医学を離れ、実証の姿勢が国学へ、尊王攘夷が幕末の動乱へ、維新が地租改正へと駆ける。地価基準の課税が寄生地主制を生み、その解体が農地改革となり、自作農の購買力が高度経済成長を支える。最後の一手が意外だ。高度成長が深刻な労働力不足を招き、女性の職場進出を一気に進めた。その拡大した女性雇用の実態こそが、均等法制定を求める土壌になったのだ。

大化の改新を出た糸は、土地の話でも税の話でもなく、最後は「働く女性」という主題に着地する。天皇に土地を集めた改革から、女性に職場を開いた法律まで。一本の糸は、確かにつながっている。飛鳥の宮廷で公地公民が叫ばれた瞬間と、昭和の国会で雇用の平等が論じられた瞬間とが、医学と維新と経済成長を挟んで、たしかに手をつないでいるのだ。因果とは、これほど遠くまで届く。

だがこれは最短の話にすぎない。遠回りの道は88手に伸び、総数は6億を超える。歴史は一本道ではない。646年と1985年のあいだには、6億本の網が張られている。教科書の矢印は、その網から抜かれた、たった一本の糸なのだ。

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