バブルは、生まれる前から唐に13億本の糸で縛られていた

1986年、日本中の土地と株が値を吊り上げはじめた。あのバブル経済である。過剰な緩和マネーが原因だ——そう習う。だが「発生」そのものを因果の糸で遡ると、糸は日銀を素通りして、はるか長安までのびる。原因の一つ手前、その手前、と遡り続ければ、行き着く先は現代の金融でも戦後の政策でもない。618年、隋を倒して立った一つの帝国なのだ。
618年の唐の建国から、1986年のバブル経済まで。この二点を結ぶ道は、1,359,767,968本——13億通り超ある。奇妙なのは、五年後の「バブル崩壊」まで結ぶ道の本数と、これがきっかり同じだという点だ。崩壊は発生の一手先。糸は崩壊で一本のびるだけで、枝分かれの総数は源のほうで決まってしまっている。上流でどれだけ枝が広がったかがすべてで、末端で一手増えても本数はもう動かない。歴史の道の数は、終点より起点が握っている。
最短は21手。1,368年を二十一回の「だから」で飛ぶ。唐という学ぶべき帝国があった、だから遣唐使が発ち、持ち帰った医書が積もって『医心方』が編まれ、その蓄積の上に道三の医学校が、理論偏重への反発から山脇東洋の腑分けが、蘭書と実物の一致に驚いて『解体新書』が続く。実証の姿勢が国学に移り、尊王攘夷が幕末の動乱を経て維新を呼び、地租改正が寄生地主を、その解体たる農地改革が自作農を、そして高度成長が省エネ技術と日米摩擦を生む。プラザ合意の円高不況を恐れた日銀が公定歩合を史上最低へ下げ、行き場を失った金が土地と株になだれ込んだ——バブルの発生である。
遣唐使の乗る船から、地上げ屋のダンプまで。一本の糸は、途切れずつながっている。しかもこの道の途中には、唐渡りの医書も、山脇東洋の腑分けも、『解体新書』の翻訳も含まれている。金融の話をしていたはずが、いつのまにか人体解剖の話になっている——それが最短経路の姿なのだ。
けれどこれは最短の話だ。遠回りの道は94手に達し、総数は13億を超える。歴史は一本道ではない。長安の建国とバブルのあいだには、13億本の網が張られている。バブルは日銀が生んだのではない。網のどこを引いても、いつかは膨らむようにできていたのかもしれない。
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