卑弥呼の使者からプラザ合意まで、糸は17億本もつれていた

1985年のプラザ合意は、円高不況とバブルの号砲であり、まぎれもない現代経済の事件だ——そう習う。ところが因果絵巻でその起点を遡り続けると、糸はとうとう西暦239年、魏へ使いを送った卑弥呼にまで届いてしまう。両端の年代差は、実に1,746年である。
卑弥呼の遣魏使からプラザ合意へ至る道は、当然ながら一本ではない。網の目を数え上げると17億2,239万2,224通り。眩暈のする数の迂回路が、鏡と占いの女王とニューヨークのホテルとを結んでいる。
最短の一本を、26手で駆け抜けよう。諸国連合と魏の権威がヤマト政権(300)を、渡来人が漢字と技術を(400)、その素地が仏教公伝(538)を呼ぶ。崇仏論争、推古朝、遣隋使・遣唐使へ。唐渡りの医書が『医心方』から曲直瀬道三、山脇東洋の腑分け、『解体新書』を生み、実証の精神が国学と蘭学を刺激する。尊王攘夷から下関戦争、薩長同盟、維新の激流。版籍奉還・廃藩置県・地租改正が寄生地主制を、農地改革がその解体を招く。自作農の購買力が高度成長を、石油危機が省エネ技術を促し、燃費のよい日本車と半導体が対米輸出を急増させる。深刻化した日米貿易摩擦の赤字是正として、5か国がプラザ合意に至った。糸は一度も切れない。
この道の途中では、糸が医学と学問の畑を長々と迂回する。『医心方』から腑分け、『解体新書』へ——為替相場とは無縁の系譜を、因果はためらわず貫いていく。もし諸国が卑弥呼を担がなかったら、ヤマトの統一はそのぶん後ろへずれ、その先の千七百年はまるごと別の順番で並んでいたはずだ。
数字で裏を取ろう。最短は26手、最長の迂回路は99手。その千七百四十六年の中に、17億本を超える因果の糸が張り巡らされている。
三世紀の巫女が、二十世紀のドル相場を動かした——などと言うつもりはない。だが糸は確かに繋がっている。ただ、それを唯一の道と思ってはいけない。歴史は一本道ではなく、17億本の網である。教科書がたどる一筋は、その網から選ばれた、たった一本の糸にすぎない。
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