最長の糸 〔第186回〕

国民皆保険へ至る道は、卑弥呼から17億本あった

起点: 卑弥呼の共立と遣魏使(239) ・ 結末: 国民皆保険・皆年金(1961) ・ 経路 1,722,769,776 通り
国民皆保険へ至る道は、卑弥呼から17億本あった の挿絵(マカミ)

一億人が携える保険証。1961年に完成した国民皆保険・皆年金は、戦後民主主義と高度成長が生んだ福祉国家の到達点——そう教わる。だが因果絵巻でその源流を遡ると、糸は思いがけず遠く、西暦239年の卑弥呼にまで伸びていた。

しかも卑弥呼の遣魏使から皆保険へ至る道は、一本ではない。網の目をすべて数え上げると、17億2,276万9,776通り。眩暈のする数の迂回路が、鏡と占いの女王と、あなたの保険証とを結んでいる。

そのうち最短の一本を、24手で駆け抜けよう。諸国が女王卑弥呼を共立し魏の権威を借りた枠組みが、ヤマト政権(300)の土台になる。渡来人が漢字と技術を運び(400)、その素地に仏教が公伝(538)する。崇仏論争が蘇我氏を勝たせ、推古朝、遣隋使、遣唐使へ。唐から持ち帰った医書が『医心方』に結び、曲直瀬道三、山脇東洋の腑分け、『解体新書』へ。実証の精神が国学と蘭学を刺激し、尊王攘夷から下関戦争、薩長同盟、王政復古、戊辰戦争——維新の激流へ。版籍奉還、廃藩置県、地租改正が寄生地主制を生み、戦後の農地改革がそれを解体する。自作農の購買力が高度成長を支え、膨らんだ税収がついに国民皆保険を実現させた。糸は一度も切れない。

この道の途中には、保険証とは縁もゆかりもなさそうな回り道が潜んでいる。唐渡りの医書、腑分けの記録、蘭学の翻訳——医療をめぐる学問の系譜を、糸はためらいなく通り抜けていく。もし諸国が卑弥呼を担がなかったら、ヤマトの統一はずっと後にずれ、この将棋倒しはまるごと別の時刻表で動いていたはずだ。

数字で裏を取ろう。最短は24手、最長の迂回路は実に98手。両端の年代差は1,722年。その千七百年余の中に、17億本を超える因果の糸が張り巡らされている。

女王の外交が、千七百年後のあなたの保険証を準備していた——と言えば大げさだろう。だが糸は確かに繋がっている。ただ、それを唯一の道と思ってはいけない。歴史は一本道ではなく、17億本の網である。教科書がたどる「戦後福祉国家への一筋」は、その網から選ばれた、たった一本にすぎない。

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