最長の糸 〔第185回〕

ヤマト政権から皆保険まで、糸は17億本もつれている

起点: ヤマト政権の成立(300) ・ 結末: 国民皆保険・皆年金(1961) ・ 経路 1,722,769,776 通り
ヤマト政権から皆保険まで、糸は17億本もつれている の挿絵(マカミ)

300年ごろ、畿内の豪族連合がヤマト政権を打ち立てた。まだ律令国家への道すら遠く、保険も年金も想像の外にある古代——だがこの権力の芽は、1961年の国民皆保険・皆年金まで、1,661年分の糸で確かにつながっている。

たどってみよう。ヤマトが半島情勢に関わり続けたことで渡来人が漢字と技術を運び、仏教が公伝する。崇仏論争が蘇我氏を勝たせ、推古朝が遣隋使を送り、遣唐使へ引き継がれる。持ち帰られた医書が『医心方』となり、医学の糸は曲直瀬道三、山脇東洋、『解体新書』へ。蘭学と国学が尊王攘夷を焚きつけ、下関戦争、薩長同盟、王政復古、戊辰戦争と維新が駆け抜ける。版籍奉還・廃藩置県・地租改正で新政府が税と土地を握り、寄生地主制、農地改革で農村が組み替えられ、自作農の購買力が高度経済成長を支える。伸びた税収と「果実を分配せよ」という世論が、ついに全国民を医療と年金の網へ組み込んだ。古代の政権から保険証まで、最短23手。

そして数字が眩暈を誘う。この23手は最短の一本でしかない。ヤマト政権から皆保険へ至る因果の道は、絵巻の中に1,722,769,776通り——17億本を超える。最も長い一本は97手を数え、両端は1,661年を隔てる。今回は「たった」17億本だが、それでも一人の人間が数え切れる数ではない。仮に一秒に一本ずつ道を数えたとして、17億本を数え終えるのに54年かかる。一生をまるごと費やしても、ヤマトから保険証へ至る道を数え上げることはできない。それが「たった」17億本の実感である。

皮肉なのは、社会保障を語るとき私たちが引く因果が、せいぜい戦後数十年の一本きりだということだ。だが糸の端は古墳時代まで届いている。制度は戦後に生まれたが、それを生んだ因果の網は千六百年をかけて編まれてきた。歴史は一本道ではなく、17億本の網である。 保険証一枚の裏に、ヤマトの豪族から伸びた17億マイナス1本の道が、見えないまま束ねられている。

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