最長の糸 〔第183回〕

太陽の塔の祖先をたどると、最初に貯えた一俵の米に着く

起点: 水稲耕作の伝来(-500) ・ 結末: 大阪万博の開催(1970) ・ 経路 5,090,911,168 通り
太陽の塔の祖先をたどると、最初に貯えた一俵の米に着く の挿絵(マカミ)

紀元前500年ごろ、水稲耕作が列島に伝わった。まだ支配も身分もこの島には生まれていない、のどかな農耕の始まり——だがその一枚の水田は、2,470年後の太陽の塔まで、途切れない糸でつながっている。

こう進む。稲は貯蔵できる。米倉を管理する家に富が集まり、身分の差が生まれる。富と用水をめぐる争いがムラをクニへまとめ、首長は後漢に朝貢して金印を得る。中国の権威を借りる外交はやがて卑弥呼の遣魏使に、そしてヤマト政権へ。渡来人が漢字と技術を運び、仏教が公伝し、崇仏論争が蘇我氏を勝たせ、推古朝が遣隋使を送る。ここから先はもう一本の大河だ——遣唐使、『医心方』、曲直瀬道三、山脇東洋、『解体新書』、蘭学と国学、尊王攘夷、下関戦争、薩長同盟、維新の大号令、廃藩置県、地租改正、寄生地主制、農地改革、そして高度経済成長。最後にその富と技術が、万博会場を建てた。一俵の米から太陽の塔まで、最短でも28手。

そして数字が眩暈を呼ぶ。この28手はあくまで最短の一本にすぎない。水稲耕作から万博へ至る因果の道は、絵巻の中に5,090,911,168通り——50億本を超える。最も長い一本は105手を数え、起点と終点は2,470年を隔てる。同じ二点を、50億通りの筋書きが結んでいるのだ。稲作から万博まで2,470年。人ひとりの一生を80年としても、およそ30世代分。その世代の連なりのどこを通っても、糸は切れずに現代へ届く。50億本というのは、その「通り方」の数え上げにほかならない。

皮肉なのは、私たちが「日本は稲作から始まった」と一行で片づけることだ。まるで米から現代へ一直線に矢が飛んだかのように。だが実際の因果は矢ではない。矢なら一本きりだが、水田から伸びた糸は途中で何度も枝分かれし、また束ね直される。歴史は一本道ではなく、50億本の網である。 太陽の塔の根方には、最初にこぼれ落ちた米粒から伸びた、50億マイナス1本の見えない道が埋まっている。稲作は、身分も国家も、そして太陽の塔すらも遠く動かしていた。

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