紀元前の漢帝国から大阪万博まで、道は86億通りある

1970年、大阪万博。太陽の塔がそびえ、高度成長の絶頂を世界に見せつけた——誰もがそう覚えている。あの祝祭の起点を因果絵巻でどこまでも遡ると、大阪でも昭和でもない、紀元前202年の中国大陸に行き着く。漢帝国の成立である。
まさか、と思うだろう。だが糸は途切れていない。漢が築いた広大な官僚制の重みが後漢を倒し、三国に割れ、長い分裂の果てに隋が中国を統一する。統一された先進国家という手本が現れれば、倭は放っておかない。遣隋使が渡り、そのまま遣唐使へ引き継がれ、使節が持ち帰った医書が『医心方』に結晶する。医学の糸はさらに曲直瀬道三の医学校、山脇東洋の腑分け、『解体新書』の翻訳へと伸び、蘭学と国学が学問全体を刺激して、尊王攘夷という政治運動に火をつける。下関戦争、薩長同盟、王政復古、戊辰戦争——維新の激流だ。版籍奉還、廃藩置県、地租改正で新政府は土地と税を握り、寄生地主制、戦後の農地改革を経て、高度経済成長へ。最後にその技術と国民所得が、万博会場と外国館を建てる資金を供給した。漢の官僚制から太陽の塔まで、わずか21手。
ここで数字の目まいが来る。この最短経路は、あくまで一本にすぎない。漢帝国から万博へ至る因果の道は、絵巻の中に全部で8,641,194,432通り——86億本以上ある。最も遠回りな一本は104手をかけ、起点と終点は2,172年を隔てている。同じ二点を、86億通りの物語がつないでいるのだ。86億という数は、いまの日本の人口の70倍に近い。それだけの筋書きが、たった二つの出来事のあいだに畳み込まれている。21手で駆け抜けたさっきの道は、その厚みからつまみ出した、いちばん短い糸にすぎなかった。
皮肉なのは、私たちがふだん語る「歴史」が、この86億本のうち都合のいい一本だけを選んで引いた線だということである。教科書の因果はいつも一直線に見える。矢印を一本引けば、原因と結果はきれいに並ぶ。だが実際には、歴史は一本道ではなく、86億本の網である。太陽の塔の足元には、選ばれなかった残り86億マイナス1本の道が、静かに束ねられている。どの一本を選んでも、私たちは同じ祝祭にたどり着けたのだ。
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