糸の結び目 〔第163回〕

八幡製鉄所の火は、賠償金と女工が点けた

主役: 産業革命の進展(1897年)
八幡製鉄所の火は、賠償金と女工が点けた の挿絵(マカミ)

1897年、日本の産業革命は段階を変えた。それまでの主役は紡績・製糸といった軽工業。ここに、官営の八幡製鉄所という重工業の起点が加わる。鉄の国産化——近代国家の背骨が、ここで立ち上がる。だがこの炉に火を入れたのは、鉄鉱石でも技術者の情熱でもない。三本の別々の糸が、九州の一点に集まった結果だった。

一本目、外交と戦争の糸。日清戦争(1894)である。下関条約で日本は清から巨額の賠償金を得た。政府はその一部を製鉄・鉄道など軍需に関わる産業へ集中投資する。製鉄所を建てた金は、戦場で勝ち取ったものだった。 大陸での勝利が、内地の炉に化けたのだ。

二本目、政策の糸。殖産興業、富岡製糸場(1872)である。明治初め、官営模範工場が最新機械と技術者を育てた。ここで養成された熟練労働力は、払い下げを経て各地の民間工場へ散っていく。国が最初に蒔いた技術の種が、二十数年かけて全国へ広がっていた。

三本目、民間経済の糸。大阪紡績会社の開業(1883)である。輸入した蒸気機関と昼夜二交代制で綿糸の大量生産に成功した。この成功例が「工場は儲かる」と証明し、他の紡績会社の設立を次々に触発する。民間資本が自ら火を大きくしていった。

結び目は1897年。賠償金という外からの富、官営工場が育てた技術、民間紡績の勢い——戦争・政策・市場という三本の糸が八幡の一点で結ばれ、軽工業の国は重工業の国へと裾野を広げる。

結び目からは無数の糸が伸びる。重工業の糸は造船業の発展(1900)、やがて国産自動車の量産(1936)へ。豊かになった都市は百貨店の誕生(1904)を生み、労働の集中は労働組合期成会の結成(1897)を呼ぶ。だが同じ束からは、足尾鉱毒事件(1901)という影の糸も伸びていた。繁栄と公害は、同じ結び目からほどけた一対の糸である。

近代化の教科書は「軽工業から重工業へ」と一行で片づける。だがその一行の裏では、清国の賠償金と、富岡で糸を繰った女工と、大阪の蒸気機関が、顔も合わせぬまま同じ炉に手を貸していた。歴史の大事件とは、無関係な三者が出会う結び目のことである。

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