江戸の田を倍にしたのは、鎖国の平和と参勤交代の借金だった

新田開発と聞けば、勤勉な農民が汗と工夫で荒地を拓いた——そんな美談を思い浮かべる。だが1660年ごろの新田開発と農業の発展、耕地が江戸初期のおよそ倍に広がったこの結び目には、農民の勤勉だけでは説明できない三本の糸が絡んでいる。
一本目は、平和の糸。「鎖国」体制の完成(1639年)。対外戦争にも海外情勢にも煩わされない泰平が続いたおかげで、幕府や諸藩は治水や干拓という長い時間と資金のかかる事業に、腰を据えて取り組めるようになった。
二本目は、借金の糸。参勤交代の制度化(1635年)。江戸と国元を往復する重い負担で藩財政は困窮し、諸藩は年貢の増収を狙って領内の新田開発を競って奨励した。開発の直接の動機は、藩の台所事情だったのである。
三本目は、水の糸。玉川上水の開削(1653年)。江戸へ飲み水を送るために掘られた上水路、その分水が水利に乏しかった武蔵野台地にも引かれ、乾いた台地を新田に変える条件を整えた。
平和と、借金と、水。戦のない退屈と、藩の火の車と、江戸の喉の渇きという別々の糸が、耕地倍増という一点で結ばれた。用水路の整備や河川の付け替え、海辺の干拓が各地で進み、耕地面積は江戸初期のおよそ倍に広がる。そこへ備中鍬や千歯扱といった新しい農具、干鰯などの肥料の普及も加わり、単位面積あたりの収穫までが跳ね上がった。
結び目からは、豊かさの糸が広がっていく。余った米や作物を運ぶ東廻り・西廻り航路(1672年)が開け、備中鍬と千歯扱き(1690年)が普及し、商品作物の普及(1690年)が進む。商人と三都の繁栄(1670年)、町人請負新田(1722年)、そして『農業全書』の刊行(1697年)——生産力の伸びは、そのまま商品経済の裾野を押し広げた。
田んぼを倍にしたのは、鍬を握る手だけではない。鎖国の平和と参勤交代の借金と一本の上水が結ばれた、その一点だった。歴史の大事件とは、こうした糸の結び目のことである。
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