消せなかった歴史 〔第144回〕

麦の裏作は、ため池を消しても畑に実る

主役: 二毛作の普及(1230年)
麦の裏作は、ため池を消しても畑に実る の挿絵(マカミ)

鎌倉期、畿内や西日本で、同じ田に米の裏作として麦を作る二毛作が広がった。土地の生産力を引き上げた地味な農業革命——その条件としてまず挙がるのが、水を溜めて配るため池である。ならばため池がなければ、麦は実らなかったのか。

糸をたぐると、二毛作の普及には出自の違う三本の糸が伸びていた。一本ずつ切ってみよう。

もし狭山池とため池灌漑(616)を消したら——それでも麦は実る。渡来の土木技術で稲作後の田を乾かし麦を作る、その用水管理の系譜は消える。だが荘園公領制の確立(1090)が残る。土地支配が安定し年貢徴収の仕組みが定まったことで、農民は余った労働力を安心して裏作へ振り向けられた。灌漑の技術が細っても、支配の安定が二毛作を許す。

では荘園公領制を消したら——それでも実る。今度は寄進地系荘園の拡大(900)が効く。開発領主が寄進を通じて畿内・西日本の土地開発と経営を厚くしたことで、水路も農地も管理の行き届いた耕地が広がっていた。制度の骨格が違っても、開発の蓄積が裏作の余地を生む。

では寄進地系荘園を消したら——それでも実る。残ったため池の用水と荘園公領制の安定が、乾いた田に麦の種をまかせる。

灌漑の技術、土地支配の制度、開発の経営基盤。 一つは水利の話、一つは年貢と支配の話、一つは土地開発の話。しかも七世紀の池、十世紀の荘園、十一世紀の制度——数百年ばらばらの時代から伸びた三本が、鎌倉期の同じ耕地に収束した。だから普及は消せない。因果絵巻の全1,002件を一つずつ消す実験をしても、二毛作の普及は一度も消えない。これが歴史の耐震構造である。

三本のうち一本を切っても、残る二本が裏作を成立させる。しかも切られた一本が担っていた役割——水、支配、開発——は、残る二本が少しずつ肩代わりできてしまう。糸が重なり合っているのではなく、別々に同じ結果を出せるからこそ、二毛作は倒れない。

面白いのはその先だ。二毛作が生んだ余剰の作物は、やがて銭と結びつき、定期市の成立を促していく。水を溜める工夫が、土地の制度と噛み合った瞬間、田んぼは市場につながった。 一枚の田で二度目の実りを得るという素朴な工夫の裏に、三つの時代の支えが静かに束ねられていたのである。

▶ 再現: https://inga-emaki.bucket-co.workers.dev/inga-emaki.html#nimosaku