コンビニの外国人店員は、三十年前のバブルが雇った

深夜のコンビニ、介護施設、建設現場。いまや外国人労働者なしには回らない職場が増えた。2019年、日本は在留資格「特定技能」を新設し、単純労働にも門戸を開いた。少子高齢化で人手が足りない——理由はそう説明される。間違いではない。だが糸をたぐると、その根は昭和の終わりの熱狂にある。
土地と株が狂ったように値上がりした、あのバブルだ。
1986年、円高不況を恐れた超低金利がマネーを土地と株に殺到させ、日本は空前の好景気に沸いた(バブル経済)。だが宴は続かない。一手目、地価を抑える総量規制と利上げが引き金となり、地価と株価が同時に暴落する(バブル崩壊、1991年)。二手目、不良債権処理に追われた企業は設備投資も採用も長く絞り、新卒の枠が細った——就職氷河期の到来である(1998年)。三手目、氷河期に非正規へ追いやられた世代は、経済的な理由から結婚と出産をためらう。未婚化・晩婚化が出生率を押し下げ、少子高齢化が加速した(2005年)。四手目、働き手の枯れた現場が、ついに外国人受入れの門をこじ開ける(2019年)。宴→崩壊→氷河期→少子化→移民。四手、三十三年の将棋倒しだ。
データで裏を取ろう。因果絵巻から「バブル経済」を抜くと、消える出来事は10件。バブル崩壊も、金融ビッグバンも、山一・拓銀の破綻も、就職氷河期も、ゼロ金利政策も、100円ショップの拡大も、婚活とおひとりさまも、村上春樹『ノルウェイの森』も、そして少子高齢化と外国人受入れも——まとめて姿を消す。揺らぐ出来事は14件。
もしあの狂乱がなかったら。崩壊も、失われた十年も、氷河期もなく、あの世代は非正規に沈まず、少子化はこれほど急がなかったかもしれない。人手不足も、外国人に頼らねば回らない現場も、また違う顔をしていただろう。
バブルは、いまも「イケイケだった良き時代」として懐かしく語られる。だがその浮かれた宴の勘定書は、三十年後にまとめて届いた。深夜のレジで名札に外国名を掲げた青年がおにぎりを温めるとき、そこにはバブルの、静かなツケが立っている。浮かれた者は忘れても、因果は忘れない。
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