もしも百景 〔第98回〕

無観客の東京五輪は、ベルリンの壁から始まった

起点: ベルリンの壁崩壊(1989年) ・ 結末: 東京五輪の無観客開催(2021年) ・ 消滅 12
無観客の東京五輪は、ベルリンの壁から始まった の挿絵(マカミ)

2021年夏、東京五輪。史上初、ほぼ全会場が無観客だった。選手だけが競い、スタンドは空っぽ。コロナのせいだ——誰もがそう言うし、その通りである。だが「なぜウイルスは世界へ一気に広がったのか」を遡ると、糸は32年前のベルリンに届く。

冷戦を隔てた、あの壁だ。

1989年11月、ベルリンの壁が崩れる。ペレストロイカに始まる改革の波が東欧に飛び火し、東西を隔てた障壁が消えた。障壁が消えれば、資本も情報も人も流れ出す。旧東側まで巻き込んでグローバル化が加速した(1990)。

グローバル化は、人と物の国際移動を桁違いに増やした。国境を越えるヒトの往来が日常になれば、一地域で生まれたウイルスも同じ航路に乗る。2019年末、中国で新型ウイルスが確認される。国際航空網を通じ、それはわずか数か月で世界へ運ばれた——新型コロナのパンデミックである(2020)。

そして日本。1年延期しても収束は見えず、緊急事態宣言下、組織委員会は安全を優先して観客を締め出した。無人のスタンドは、こうして生まれた。

壁崩壊→グローバル化→新型ウイルス→パンデミック→無観客五輪。 四手、三十二年。

データで裏を取ろう。因果絵巻から「ベルリンの壁崩壊」を抜くと、消える出来事は12件。グローバル化の進展も、新型ウイルスも、コロナのパンデミックも、mRNAワクチンの導入も、そして無観客の東京五輪も消える。さらに湾岸戦争もPKO協力法も、自衛隊イラク派遣も、アメリカ同時多発テロも、サブプライム危機もリーマン・ショックも道連れだ。揺らぐ出来事は26件に及ぶ。

もし壁が倒れなかったら。東西の分断が続き、グローバル化はこれほど深まらず、ウイルスが世界を一巡する高速の航路も、これほど早くは張り巡らされなかったかもしれない。空っぽのスタンドという光景も、また別の形をしていた。

冷戦の終わりは「自由の勝利」として祝われた。壁の破片は記念品として売られ、世界は一つになると信じられた。だがその「一つになった世界」こそ、ウイルスを一晩で運ぶ回路でもあったのだ。歓喜の壁崩壊と、無人の競技場。三十二年の糸をたぐれば、両者は確かに親子である。

▶ 再現: https://inga-emaki.bucket-co.workers.dev/inga-emaki.html#if=kabehokai