もしも百景 〔第65回〕

新型コロナへの遠い一歩は、冷戦の始まりだった。

起点: 冷戦の開始(1947年) ・ 結末: 新型ウイルスの発生(2019年) ・ 消滅 24
新型コロナへの遠い一歩は、冷戦の始まりだった。 の挿絵(マカミ)

2019年末、中国・武漢で原因不明の肺炎が確認された。新型コロナウイルスはまたたく間に世界へ広がり、翌年パンデミックが宣言される。都市封鎖、渡航制限、止まる経済——記憶に新しい災厄だ。感染症の話、として片づけたくなる。

だが因果絵巻は、その遠い引き金を七十二年も前の、まったく別の場所に見つける。冷戦の開始である。

1947年、米ソの対立が表面化する。四手の将棋倒しを見てほしい。冷戦下の軍拡競争がソ連経済を疲弊させ → 立て直しを迫られた指導部が情報公開と改革のペレストロイカに踏み切り → その言論緩和が東欧の民主化に飛び火してベルリンの壁が崩壊し → 東西を隔てる壁が消えたことで資本と情報と人が国境を越えて動きだすグローバル化が加速し → 人と物の国際移動が飛躍的に増えた地表を舞台に、一地域のウイルスが世界へ運ばれる下地が整った。

冷戦は、世界を二つに分ける壁だった。その壁を自ら崩した先に、あらゆるものが自由に行き交う一つの地表が現れ、資本も情報も人も、そしてウイルスもまた自由に行き交った。二十世紀を凍らせた対立が解けたからこそ、地球は一つの往来圏になった。皮肉なことに、分断が解けた代償を、パンデミックが取り立てたのだ。豊かさと危うさは、同じ一枚の地表の表と裏だった。

データの裏取り。「冷戦の開始」を抜くと、消える出来事は24件。ベルリンの壁崩壊もソ連の崩壊も、ベトナム戦争も、インターネットの商用化も、アメリカ同時多発テロも、新型ウイルスの発生とパンデミックも——二十世紀後半から現在までの世界史が、大きく欠ける。揺らぐ出来事は160件にのぼる。

もし米ソが対立しなかったら。戦後世界は二分されず、壁も立たず、崩れもせず——グローバル化の形も、その上を走る感染症の速さも、まるで違っていただろう。

対立が世界を分け、分断の解消が世界をつなぎ、そのつながりが災いを運ぶ。冷戦の始まりと終わりは、一本の長い糸で、私たちのマスクの日々に結ばれていたのだ。

▶ 再現: https://inga-emaki.bucket-co.workers.dev/inga-emaki.html#if=reisen