もしも百景 〔第59回〕

新型コロナのパンデミックは、独ソ戦から始まった

起点: 独ソ戦の開始(1941年) ・ 結末: 新型コロナのパンデミック(2020年) ・ 消滅 38
新型コロナのパンデミックは、独ソ戦から始まった の挿絵(マカミ)

2020年、新型コロナウイルスが世界を覆い、国境が閉じ、都市が沈黙した。誰もが記憶する、あの未曾有のパンデミック。その遠い引き金を因果絵巻でたどると、七手さかのぼって、雪と血にまみれた東部戦線に行き着く。

独ソ戦である。

1941年、ドイツは独ソ不可侵条約を破ってソ連へ侵攻した。モスクワ近郊まで迫った独軍だが、スターリングラードで戦局は逆転する。膨大な犠牲を払って独軍を押し返したソ連は、戦後をめぐる発言力を一気に高めた。ここから将棋倒しが始まる。

独の敗色が濃くなった1945年、米英ソ首脳が戦後処理を話し合うヤルタ会談が開かれた → そこで決めた東欧の勢力圏分割とドイツ分割占領が米ソの相互不信を醸成し、冷戦の開始(1947)へ → 軍拡競争で経済が疲弊したソ連は情報公開と経済改革のペレストロイカ(1985)に転じ → その統制緩和が東欧の民主化運動を誘発してベルリンの壁崩壊(1989)へ → 東西を隔てた壁が消え、資本と人と情報が自由に行き交うグローバル化の進展(1990)へ → 国際移動の飛躍的な増大が、一地域の新型ウイルスの発生(2019)を世界へ運ぶ下地となった。

そして2020年、武漢で確認されたウイルスは国際航空網に乗って各国へ拡散し、WHOがパンデミックを宣言した。79年、七手の因果が、東部戦線の雪原から地球規模の感染爆発へと着地したのである。

データで裏を取ろう。因果絵巻から「独ソ戦の開始」を抜くと、消える出来事は38件。ヤルタ会談も、国際連合の成立も、冷戦の開始も、ベルリンの壁崩壊も、ソ連の崩壊も、インターネットの商用化も、アメリカ同時多発テロも——20世紀後半から現在までの世界秩序が、まるごと道連れに消える。揺らぐ出来事に至っては207件。戦後という時代のほとんどが、この一戦に紐づいていたことになる。

もし独ソ戦がなければ、ソ連はあれほどの発言力を得ず、戦後を二分した冷戦の二極構造そのものが生まれなかったかもしれない。

「風が吹けば桶屋が儲かる」の壮大な世界史版である。ただし笑い話ではない。東部戦線の雪原と、2020年のマスクの列は、たしかに一本の因果の糸でつながっている。歴史は、これほど遠くまで手を伸ばす。

▶ 再現: https://inga-emaki.bucket-co.workers.dev/inga-emaki.html#if=dokusosen