最長の糸 〔第200回〕

東海道新幹線の家系図は、班田収授から始まる

起点: 班田収授の開始(652) ・ 結末: 東海道新幹線の技術(1964) ・ 経路 84,773,952 通り
東海道新幹線の家系図は、班田収授から始まる の挿絵(マカミ)

1964年開業の東海道新幹線。戦後日本が世界に誇った高速鉄道技術の起点を、因果絵巻で遡ってみる。糸は西暦652年、班田収授の開始に届いた。律令国家が民に口分田を配った、あの古代の土地制度である。

古代の田んぼと超特急を結ぶ道は、8,477万3,952通り。最短の一本でも、25手の長旅になる。

班給地の不足が三世一身法と墾田永年私財法を呼び、荘園が生まれる。荘園を守る武装が武士を育て、保元・平治の乱、平清盛の栄華、日宋貿易、禅宗、五山文学、朱子学の官学化、水戸学の尊王思想へと連なる。名分論が尊王攘夷を焚きつけ、下関戦争から維新の激流へ。版籍奉還、廃藩置県、地租改正、寄生地主制、そして戦後の農地改革。自作農化が農家の購買力を高め、高度経済成長を支える需要基盤をつくった。逼迫した東海道の輸送需要が国鉄に新線を迫り、世界銀行の融資も得て、東海道新幹線が東京五輪に合わせ走り出す。土地制度の糸が、鉄路に化けた。

数字で裏を取ろう。最短25手、最長の迂回路は84手、同じ二点でも最も遠回りに繋げば84の出来事を経由する道がある。両端の年代差は1,312年。この1,312年に、8,477万3,952本の因果の糸が張られている。土地制度を経る道、貿易や思想を経る道、戦争を経る道——どれを選んでも、古代の田んぼは最後に鉄路へたどり着く。

口分田を配った古代の役人は、1,300年後の新幹線を夢にも思わなかっただろう。だがこの一本は確かに繋がっている。そして忘れてはならない、これは8千万本のうちの一本だ。歴史は一本道ではない。二点を結ぶだけで、8千万本を超える網が同時に走っている。私たちが「起源」と呼ぶものは、その巨大な網から選び出した、ただ一本の糸にすぎない。新幹線という戦後の誇りもまた、班田の昔から編み続けられてきた模様の、いちばん新しい結び目なのである。

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