消せなかった歴史 〔第146回〕

消費税は、竹下内閣でなくても3%で来た

主役: 消費税の導入(1989年)
消費税は、竹下内閣でなくても3%で来た の挿絵(マカミ)

1989年、竹下登内閣が税率3%の消費税を新設した。所得税・住民税の減税と抱き合わせで、間接税を税収の柱の一つに据えた大改革である。長い反対運動の末に導入された——そう記憶されがちだが、着手そのものは、誰が首相でも避けられなかった。

三本の糸が、出自の違う場所から同じ一点を押していたからだ。一本ずつ切ってみよう。

もし国民皆保険・皆年金(1961)を消したら——それでも消費税は来る。高齢化とともに社会保障の給付費が膨れ、所得税だけでは賄えなくなる、その圧力は消える。だが第二臨調と行政改革(1981)が残る。歳出削減をやり尽くしてもなお財政赤字が消えないなら、次は歳入を増やすしかない。膨らむ給付がなくとも、埋まらない赤字が新税を呼ぶ。

では第二臨調を消したら——それでも来る。今度はシャウプ勧告(1949)が効く。戦後日本の税は所得税など直接税に偏りきっていて、その歪みを均す間接税がいずれ要る。行革の圧力がなくとも、税体系の不均衡そのものが是正を迫る。

ではシャウプ勧告を消したら——それでも来る。残った社会保障費の膨張と行革の行き詰まりが、広く薄く負担を求める税へ政府を追い込む。

膨らむ社会保障、埋まらぬ財政赤字、直接税に偏った税体系。 一つは高齢化の話、一つは行財政改革の話、一つは戦後税制の構造の話。分野も年代も違う三つの力が、たまたま1980年代末に出そろい、税率3%の一点に収束した。だから導入は消せない。因果絵巻の全1,002件を一つずつ消す実験をしても、消費税の導入は一度も消えない。これが歴史の耐震構造だ。

もっとも、三本の柱が支えたのは「始めること」だけだった。何%にするか、いつ上げるか、何を非課税にするか——その手綱さばきは、いつの世も時の政権が単身で握らされる。歴史は消費税の登場を固く約束しながら、その税率と痛みの配分は、まるごと本人に丸投げした。 始まりだけが必然で、あとは自前。新税を担ぐ者にとって、これほど気の重い舞台装置もない。

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