もしも百景 〔第89回〕

壬申の乱が、日本神話を書かせた

起点: 壬申の乱(672年) ・ 結末: 古事記・日本書紀の編纂(712年) ・ 消滅 4
壬申の乱が、日本神話を書かせた の挿絵(マカミ)

イザナギとイザナミ、天照大神、天孫降臨。古事記と日本書紀が伝える日本神話は、いまや国民的な古典であり、神社の由緒書きの源泉でもある。だがその成立をデータで遡ると、神々の物語とは似ても似つかない、血なまぐさい皇位継承の内乱に行き着く。

壬申の乱(672年)である。

天智天皇の死後、皇位をめぐって大海人皇子が挙兵し、近江朝廷を打ち破ったこの古代最大の内乱。一手目、勝者となった大海人皇子——のちの天武天皇は、敵方についた有力豪族の多くを排除した。対抗しうる勢力が一掃されたことで、天皇の権力を絶対化する道が開ける。八色の姓で豪族を序列化し、「天皇」の称号と「日本」の国号を用い始めた、天武天皇の中央集権強化(673年)である。二手目、こうして絶大な権力を握った天武は、その支配の正統性を内外に示す必要に迫られた。そこで稗田阿礼に帝紀・旧辞を誦習させ、これがのちに太安万侶の筆録を経て古事記・日本書紀(712年)として結実する。内乱→絶対権力→正統化の書。40年、わずか二手である。

データで裏を取ろう。因果絵巻から「壬申の乱」を抜くと、消える出来事は4件。天武天皇の中央集権強化が消え、富本銭の鋳造が消え、藤原京遷都が消え、そして古事記・日本書紀の編纂が消える。加えて809件もの出来事が揺らぐ。古代国家の骨格が、根元から震えるのだ。

ここに皮肉がある。天皇が神々の血を引くと説くあの荘厳な神話は、実のところ、力ずくで皇位を奪った勝者が自らの正統性を後づけするために書かせた文書だった。政治の生々しい必要が、千三百年後には神聖な古典になっている。

もし壬申の乱がなければ。天武の強い世は生まれず、皇統を神代まで遡る国史編纂の動機もなかった。日本の神話は、まるで違う形で語られたか、あるいは書き留められもしなかったかもしれない。ひとつの内乱の勝敗が、この国が自らを語る言葉そのものを決めた——因果の糸は、神話の根にまで届いている。

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