もしも百景 〔第87回〕

mRNAワクチンをつくったのは、冷戦の終わりである

起点: グローバル化の進展(1990年) ・ 結末: mRNAワクチンの導入(2021年) ・ 消滅 6
mRNAワクチンをつくったのは、冷戦の終わりである の挿絵(マカミ)

腕にちくりと刺された、あの新方式のワクチン。遺伝情報mRNAを合成し、体内で抗原を作らせて免疫をつける——数十年の基礎研究が一気に実った医学の金字塔である。だがその引き金をデータで遡ると、注射器でも試験管でもない、一つの世界史的転換に行き着く。

グローバル化の進展、すなわち冷戦の終わりである。

1990年前後、東西の壁が崩れて市場経済が世界を覆い、ヒトとカネと物の国際移動が爆発的に加速した。ここから三手の将棋倒しが始まる。一手目、航空網でつながれた世界は、一地域で生まれた病原体を数週間で全大陸へ運ぶ土壌になった。2019年末、武漢で確認された新型ウイルスの発生である。二手目、そのウイルスは国際航空網を伝って瞬く間に各国へ広がり、翌年WHOがパンデミックを宣言する。三手目、都市封鎖が世界を止めるなか、病原体を培養する従来型ワクチンの遅さが致命的に露呈し、各国は緊急承認制度を整えてmRNAワクチンを前例のない速さで導入した。グローバル化→ウイルス拡散→パンデミック→新型ワクチン。31年、三手の道である。

データで裏を取ろう。因果絵巻から「グローバル化の進展」を抜くと、消える出来事は6件。新型ウイルスの発生も、パンデミックも、mRNAワクチンの導入も、東京五輪の無観客開催も消える。そして——サブプライム危機(2007)とリーマン・ショック(2008)まで、道連れに消えるのだ。

ここに冷たい真実がある。世界を一つに縫い合わせた同じ糸が、金融危機を世界同時不況に育て、ウイルスをパンデミックに育てた。繁栄を運んだ回路と、災厄を運んだ回路は、同じ一本だったのである。

もし壁が崩れなければ。ウイルスは一地域の風土病にとどまり、あの緊急のワクチン開発競争も起きなかったかもしれない。世界をつないだことの代償を払い、その代償を払うための技術もまた、世界がつながっていたからこそ間に合った。皮肉なほど、因果は閉じている。

▶ 再現: https://inga-emaki.bucket-co.workers.dev/inga-emaki.html#if=globalka