コロナワクチンの遠い母は、ソ連を畳んだ改革だった

2021年、世界に行き渡ったmRNAワクチン。遺伝情報を使う新世代の医薬——最先端のバイオテクノロジーの結晶に見える。だが、この技術が緊急展開されるまでの因果を三十六年さかのぼると、白衣でも試験管でもない、一人の政治家の改革に行き着く。
ゴルバチョフのペレストロイカである。
1985年、軍拡競争とアフガン侵攻の重荷にあえぐソ連で、体制の立て直しが始まる。言論統制がゆるむと、その空気が東欧の民主化運動に火をつけ、東ドイツ政府はもちこたえられず→ベルリンの壁が崩れた(1989年)。東西を隔てた壁が消えれば、資本も情報も人も国境を越えてなだれ込む→グローバル化が一気に加速する(1990年)。
将棋倒しは現代までまっすぐ続く。人と物の国際移動が桁違いに増えたことが土壌となり→一地域で生まれた新型ウイルスが短期間で世界へ運ばれる下地ができ(2019年)→武漢で確認されたウイルスが国際航空網を通じて各国へ広がってパンデミックが宣言され(2020年)→従来型ワクチン開発の遅さが露呈し、各国は緊急承認を整えてmRNAワクチンを前例のない速さで導入した(2021年)。五手、三十六年。
データで裏を取ろう。因果絵巻から「ペレストロイカ」を抜くと、消える出来事は17件。ベルリンの壁崩壊も、ソ連の崩壊も、グローバル化の進展も、湾岸戦争も、アメリカ同時多発テロも、新型コロナのパンデミックも——まとめて姿を消す。揺らぐ出来事は22件。
もしペレストロイカがなかったら。壁は崩れず、ソ連は解体せずに残り、グローバル化も現在の形にはならず、ウイルスがこれほどの速さで世界を巡ることも、そのワクチンが急ぎ導入されることも、風景が違っていたかもしれない。
冷戦を終わらせた改革と、注射器に収まった遺伝情報。並べれば無関係にしか見えない。だが五手の因果をたどれば、我々の腕に打たれたワクチンは、モスクワの改革が三十六年かけて届けた遠い便りなのだ。歴史は、思いもよらぬ祖先を平然と割り当てる。
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