もしも百景 〔第69回〕

世界恐慌の引き金を引いたのは、ビスマルクの同盟術だった

起点: 独墺伊三国同盟(1882年) ・ 結末: ウォール街株価大暴落(1929年) ・ 消滅 7
世界恐慌の引き金を引いたのは、ビスマルクの同盟術だった の挿絵(マカミ)

1929年、ニューヨークのウォール街で株価が大暴落し、世界恐慌の号砲が鳴った。信用取引で膨らんだアメリカの投機バブルが弾けた——教科書はそう教える。ではそのバブルを膨らませた大もとをたどると、大西洋を渡ってヨーロッパの外交テーブルに行き着く。

独墺伊三国同盟である。

普仏戦争でフランスを破り統一を果たしたドイツは急速に国力を伸ばし、宰相ビスマルクはフランス孤立化の外交を進めた。1882年、ドイツはオーストリア・イタリアと三国同盟を結ぶ。これに対抗してフランス・ロシア・イギリスが接近し、ヨーロッパは二つの陣営に割れていく。この同盟網こそ、のちの大戦の火薬庫だった。

あとは連鎖である。対抗的な同盟網に分かれた欧州で、地域紛争が全欧的な第一次世界大戦へ拡大する(1914)→戦場にならなかったアメリカが物資供給と融資で債権国化し、戦後の投機的繁栄を謳歌する(1925)→信用取引で実体経済を超えて膨れた株価が、その調整として暴落する(1929)。 三手、四十七年。ビスマルクの同盟術が、半世紀後にウォール街で紙くずと化した株券まで一本の線でつながる。

データで裏を取ろう。因果絵巻から「独墺伊三国同盟」を抜くと、消える出来事は7件。第一次世界大戦の勃発も、ロシア革命も、ウォール街株価大暴落も、世界恐慌も、ブロック経済化も、まとめて道連れだ。揺らぐ出来事は326件に及ぶ。

もしドイツが同盟網を張り巡らせていなかったら——欧州を二分する対立は生まれず、大戦もなく、その戦禍がアメリカにもたらした空前の繁栄も、それが弾けた暴落も、別の姿になっていた。二十世紀を決定づけた恐慌は、生まれずにいたかもしれない。

一国を孤立させるための緻密な同盟外交が、めぐりめぐって遠い大陸の株式市場を焼いた。因果の糸は国境も海も軽々と越える。ビスマルクがフランスを封じ込めようと張った蜘蛛の巣は、半世紀後、彼が名も知らぬニューヨークの投資家の懐まで揺らしたのだ。世界史の一手は、いつも打った本人の想像を越えた場所に着地する。

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