もしも百景 〔第62回〕

戸籍に書かれた小さな嘘が、平安の悪徳役人をつくった

起点: 偽籍と戸籍制の崩壊(900年) ・ 結末: 受領の徴税請負(980年) ・ 消滅 2
戸籍に書かれた小さな嘘が、平安の悪徳役人をつくった の挿絵(マカミ)

「受領は倒るる所に土をつかめ」——任地で転んでもただでは起きず、土くれでも握って帰れという、地方長官の強欲をあらわす有名な言葉だ。平安中期、受領と呼ばれる国司の筆頭は、任国の富を吸い上げて私腹を肥やした。悪徳役人の代名詞である。

その受領を生んだのは、都の陰謀でも大がかりな制度改革でもない。民の側の、ささやかな嘘だった。偽籍である。

九世紀の終わりごろ、税と兵役を逃れたい人々が、戸籍に嘘を書きはじめる。男を女と偽り、働き盛りを高齢者と偽る。課税対象から外れる細工だ。これが各地で横行すると、人ひとりずつを数えて税をかける律令の仕組み——班田収授も租庸調も、土台から崩れていく。

困ったのは徴税する政府だ。人を数えられないなら、動かない土地を数えればいい。人はいくらでも嘘をつくが、田は逃げも隠れもしない。かくして課税の単位は「人」から「田」へと切り替わる。田地を名という区画にまとめ、田堵と呼ばれる有力農民に耕作と納税を請け負わせる——負名体制の成立(950年)である。人別の把握という律令の理想を、政府はここで静かに手放した。

一手進もう。名を単位に税を請け負わせる仕組みが整うと、その徴税権限は現地に赴任する国司の筆頭へ一極集中する。定額さえ納めれば、上前は自分のもの。こうして受領という、任国の富を握る役職が立ち上がった。庶民が税を逃れようとした結果、より露骨に搾り取る役人が生まれる、という見事な裏目である。

データの裏取り。「偽籍と戸籍制の崩壊」を抜くと、消える出来事は2件。負名体制の成立と、受領の徴税請負が、そろって消える。揺らぐ出来事は18件と控えめだが、これは平安の地方支配の背骨にあたる2件だ。

もし人々が戸籍に嘘を書かなかったら。律令の人頭税はもう少し延命し、中世への扉——土地を軸にした支配への転換は、別の道から開いていたかもしれない。

税から逃げようとする力が、めぐりめぐって、税を取る側の姿を変えてしまう。逃げる者と追う者は、いつも同じ一本の糸で結ばれているらしい。

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