もしも百景 〔第51回〕

コロナ禍を用意したのは、ヒトラーだった

起点: 第二次世界大戦の勃発(1939年) ・ 結末: 新型コロナのパンデミック(2020年) ・ 消滅 39
コロナ禍を用意したのは、ヒトラーだった の挿絵(マカミ)

新型コロナのパンデミック。2020年、世界を止めたあのウイルスの世界的拡大を、私たちは「グローバル時代の必然」と説明しがちだ。間違いではない。だが因果の糸を八手たぐると、その起点は消毒液でもコウモリでもない、81年前のヨーロッパの一発の銃声に行き着く。

第二次世界大戦の勃発(1939年)である。

将棋倒しを一気に見せよう。独のポーランド侵攻 → 英本土を落とせぬヒトラーが東へ向かい独ソ戦 → 甚大な犠牲で押し返したソ連が発言力を得てヤルタ会談 → 東欧分割の枠組みが米ソの不信を育て冷戦 → 軍拡で疲弊したソ連がペレストロイカ → 統制の緩みがベルリンの壁崩壊 → 障壁の消えた世界でグローバル化 → 人と物の高速移動が新型ウイルスを一地域から全世界へ。八手の将棋倒し、81年の道のりである。

一手ずつ見ればどれも当たり前の因果だが、つないで眺めると眩暈がする。ヒトラーが英本土に手が届かなかったという一点の「不首尾」が、東への矛先を生み、その東の大国が戦後の主役へと躍り出た。勝ちきれなかったことが、世界を二つに割ったのだ。

そして、ここが肝心である。東西を隔てていた壁が消えたからこそ、ウイルスもまた国境を軽々と越えられるようになった。冷戦を終わらせた同じ「開かれた世界」が、感染症を運ぶ高速道路でもあった。人と物が自由に行き交う自由の代償を、私たちは2020年にまとめて支払わされたわけである。

データで裏を取ろう。因果絵巻から「第二次世界大戦の勃発」を抜くと、消える出来事は39件。ヤルタ会談も、国際連合の成立も、冷戦もベルリンの壁崩壊もソ連の崩壊も、まとめて消える。それだけではない。インターネットの商用化(1995)、アメリカ同時多発テロ(2001)、そして新型コロナのパンデミック(2020)まで道連れだ。20世紀後半から現在までの世界の骨格が、一本の糸でぶら下がっている。

もしあの日、ドイツが国境を越えなかったら。冷戦もなく、壁の崩壊もなく、今日のグローバル化した世界そのものが別の姿だったろう。戦後の世界地図は、まるで違っていた——そして、その地図の上を走ったウイルスの旅も。

歴史は、勝者が引いた国境線だけでなく、その線が消えた跡地までも設計してしまうものらしい。

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