糸の結び目 〔第174回〕

蛮社の獄は、糸を結ぶためではなく、断つために起きた

主役: 蛮社の獄(1839年)
蛮社の獄は、糸を結ぶためではなく、断つために起きた の挿絵(マカミ)

歴史の結び目は、たいてい新しい糸を生む。だが1839年の蛮社の獄は違う。三本の糸が一点で出会いながら、そこから先へ糸を伸ばさせないために——断ち切るために——結ばれた、珍しい結び目である。

一本目は、政策の糸。異国船打払令(1825)。近づく外国船は問答無用で追い払う。この強硬方針を掲げた幕府にとって、方針への疑義は体制への疑義に等しかった。批判を許さない構えが、標的を探していた。

二本目は、知の糸。国学と蘭学の発展(1790)。洋学研究が進み、世界の情勢を読める知識人が育っていた。渡辺崋山、高野長英。彼らは西洋の力を正確に測れたがゆえに、打払令の危うさが見えてしまった。見える目を持つことが、罪の種になる時代だった。

三本目は、事件の糸。モリソン号事件(1837)。漂流民を送り届けに来た非武装の商船を、幕府は無警告で砲撃した。崋山は『慎機論』、長英は『戊戌夢物語』でこの対応を論じる。実情を知る者ほど、黙っていられなかったのだ。

批判を許さぬ政策、実情を見抜く知性、批判せずにいられぬ事件。政策の糸と知の糸と事件の糸が、1839年、最悪の角度で結ばれた。幕府はこれを幕政批判とみなし、崋山を蟄居のすえ自害へ、長英を投獄へと追い込む。

そして——結び目から伸びるはずの糸は、ない。この事件に華々しい「子」の出来事がほとんど無いのは、偶然ではない。 弾圧とは、次の糸を生ませないための作業だからだ。世界を正しく読む目を潰せば、そこから伸びたはずの分析も提言も、生まれる前に消える。幕府は目先の糸を断つことに成功し、代わりに自分の未来を読む目を失った。

皮肉なのはここである。糸を断てば、危機は見えなくなる。だが見えなくなった危機は、消えたわけではない。歴史の大事件とは糸の結び目のことだが、結び目には、こうして糸を断つために結ばれるものもある——そして断たれた糸の分だけ、後で高い代償が回ってくる。

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