消せなかった歴史 〔第148回〕

神仏を引き剥がした力は、明治政府だけではない

主役: 神仏分離令(1868年)
神仏を引き剥がした力は、明治政府だけではない の挿絵(マカミ)

1868年、王政復古を果たした新政府が神仏分離令を発する。神社から仏像や仏具を除き、権現や菩薩の称号を禁じたこの布告は、やがて寺院や仏像を壊す廃仏毀釈の嵐へ広がっていく。千年続いた神と仏の同居を断ち切ったのは、維新政府の号令だった——そう教わる。だが、もしその号令を消したら、神と仏は仲良く同居し続けたのか。糸をたぐると、この布告には出自の違う三本が伸びていた。

もし王政復古の大号令(1867)を消したら——それでも分離は起こる。天皇親政を掲げる新政府の、祭政一致という統治理念は消える。だが国学が残る。神道こそ仏教より本源だと説く平田派の思想が、神と仏の混淆を「あるべき姿からの逸脱」と見なす目を、すでに知識人へ植えつけていた。

では国学と蘭学の発展(1790)を消したら——それでも起こる。神道優位の理論的な支柱は消える。だが祭政一致を掲げた新政府が残る。天皇を戴く国の祭りから仏教色を除くという発想は、統治の都合そのものから、理屈抜きに生まれてくる。

では——ここが面白い——神仏習合の進展(800)を消したら。分離すべき対象そのものが消えるのだから、この布告は起きようがない。だが裏返せば、神と仏を千年かけて溶け合わせたその慣行こそが、分離令の標的だった。 習合が深く進んでいたからこそ、それを反転させようとする力もまた、大きく振れる。

祭政一致の理念、神道優位の思想、そして習合という積年の慣行。統治の都合と、学問の理屈と、断ち切るべき現実。出自の違う三本の力が、同じ布告の一点に収束した。だから消せない。因果絵巻の全1,002件を一つずつ消す実験をしても、神仏分離令は——習合そのものを消す一手を除けば——一度も消えない。これが歴史の耐震構造である。

千年をかけて神と仏を近づけた歴史が、皮肉にも、両者を引き剥がす力の一つを自ら育てていた。仲を深めることが、いつか別れの理由になる。歴史は、そういう帳尻の合わせ方をする。

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